これ(前書きと後書きを全部読んだ分析データを活用して作ったサイト)は、小さな体系を作ることを趣味にしている人間が作っている。
小さな体系の作り方
体系的に学ぶというのは、高度な教育を受ける秩序だった知識を得るということ。学校で学んだり、体系立った教科書を読めば体得できる。人類の知性が道筋を作り上げてくれている。この学び方は効率的だ。しかし合う合わないがある。私は合わない人。
気の赴くままに、なにかを沢山読む。一部例外はあるが、基本的にはいくら読んでも、体系的な知識は得られない。雑多なものを読んだ結果、知識量が増えたというのは、雑多な出来事が頭の中に入っている状態だ。知識を高度につなげるフレームがない。私が好きなのはこのやり方。だから体系的な知識はなかった。例外にはなかなかなれないのである。
ここまでがこれまでのお話、デジタルアーカイブが登場し、状況が変わった。
デジタルアーカイブで学習方法が変わった
デジタルアーカイブの初期、検索機能は弱かった。出てきたものを読むしかない時代。この時期に私は明治娯楽物語についての書籍を書いた。数えてないので正確な数は分からないが、明治の娯楽物語を目茶苦茶読んだ。まだ体系は作れなかった。
そのうちデジタルアーカイブの検索は少し良くなった。簡易生活についての書籍を書いた際、『簡易生活』で検索、検索結果2000件程度のリンクを全てクリックし読んだ。こちらはほぼ体系だが、今少し足りなかった。
簡易生活の後、日本の苦学と無銭旅行について調べ出した。デジタルアーカイブで全文検索が出来るようになり雑誌も読めるようになった。苦学 12000件程度、無銭旅行の7000程度の検索結果のリストを全て確認し重要なものは読んだ。これで苦学と無銭旅行についての知識が体系になった。
デジタルアーカイブの高度な機能によって、人間は小さな体系が簡単に作れるようになった。これまでと、なにが違うのか。
私が一番たくさん読んだのは、明治娯楽物語。「目茶苦茶読んだ」が体系にはならない。苦学と無銭旅行は合わせて19000件のリストを確認したが、重要なものだけ読んだ。体系を作ったのは「読んだ量」ではない。
検索が貧弱な時代、出てきたものを読むしかない。明治娯楽物語から、簡易生活、苦学、無銭旅行へと枝は伸び、雑多なものが頭に蓄積される。それでも全体は見えない。見えないものはつながらない。点は点でしかない。
全文検索で、苦学12000、無銭旅行7000まで範囲が広がる。これを確認することで、領域に境界ができる。中心に立ち、何が多くて珍しく、欠落しているものはなにかが分かる。こうして小さな体系が完成する。
小さな体系の中で、雑多な知識が活きてくる。明治娯楽物語や簡易生活の一部は、苦学と無銭旅行の小さな体系に組込まれている。
明治娯楽物語と簡易生活も、いつでも小さな体系にすることができる。しかし、今のところはしていない。必要ないからだ。私はこれを作るため、必要だから別の体系を作った。
作った体系、作れる体系
小さな体系を作るため、まずは人間の行動を365日分収集した。私がどのような人間の行動を好むのか客観的に知った上で、なるべくフラットに収集するためのトレーニングだ。これ自体は体系にならない。点だからだ。
その後、終戦後1年間に出版された書籍の前書きと後書きを全部読んだ。これは小さな体系になった。365日分の人間の行動はそこに組込まれた。そしてこのサイトができた。
私のやってることは暇ならできる。暇じゃなくても時間をかければできる。範囲を狭くすれば、もう少し気楽にできる。
https://dl.ndl.go.jp