このサイトには数字が出てくる。「883件のうち検閲の語が出るのは5件」「戦争語757/復興語858」といった数字は客観に見える。
しかしこの数字は、統計調査から出たものではない。私が読んで、私が選んだものを、あとから数えたものである。何をどう数えたのか、どこが偏っているのか、ここにまとめておく。
何を読んだのか
国立国会図書館デジタルコレクションで、1945年6月1日〜1946年9月30日に出版された図書を検索し、インターネット公開・図書館送信で本文が読めるものを対象にした。前書きと後書きは全部読んだ。
読みながら「本音が出ている」「単純に好き」「戦争関係の話だ」と思ったものを抜き書きしメモにした。このメモが、サイトの数字として活用されている。
年譜のページだけは、日記や回想録、雑誌記事、その他諸々から集めた「その日、誰かが何をしていたか」の記録である。
数字の一覧(2026-08-09 時点)
同じものを数えているようで違う数字が、ページごとに出てくる。数えているものが違うだけで、どれも正しい。
| 数 | 何の数か |
|---|---|
| 約6,000 | 最初に検索したときの件数。正確には6,037件 |
| 5,728 | 実際に読んだ件数。途中で入手可能性調査が入り、対象から外れた本があるため減った |
| 883 | 読みながら抜き書きしたメモの件数 |
| 879 | そのうち、読める本文があるもの。前書き・後書きを読むページが表示している数 |
| 3,564 | 分類の分析に使った件数。本文が読めるかを問わず、書誌情報だけで数えている |
| 1,580,026 | 上と比べるための、デジタルコレクション全期間の件数 |
| 107 | 個人の記録から拾った「数量を伴う記述」の件数 |
| 365 | 年譜の土台になっている、日々の行動記録の件数 |
数は増える。メモは今も足されているので、上の数字はこれを書いた日のものであり、各ページの数字とズレがある。
四つの偏り
このサイトの数字は、次の四つの偏りが存在している。
1. 選んだのは私である。メモは無作為抽出ではない。だから件数比は、当時の世論の比率ではなく、読み手の主観の形である。
2. 前書き・後書きの偏り。前書き・後書きは、本を書き出版するような人が書いている。敗戦直後にそんなことができる人は元気がある。虚脱より建設の語彙が多く出るのは、当然でもある。
3. 検閲GHQのプレス・コードはわりと認知されていた。つまり「検閲」を意識して書かれている。
4. 本を出せた人は少数派である。敗戦直後に本を出せる人間は世間的には少数派で、かなり恵まれた環境にいることが多い。
そのほかの注意
本文はOCRのまま。引用はデジタルコレクションの本文表示から取っており、修正できていない誤読が残っている。原文にあたりたい場合はリンク先をクリック。
貨幣の単位は名目値。1877年の5円と1966年の35,000円は、そのままでは比べられない。
個人の記録は個人の記録。数字のページの「ミクロ」側は、行動記録と読書メモから数量を含むものを機械的に拾い、私が取捨選択して作られている。時代も階層もばらばらで、出典先も様々である。1909年の「八尺の大蛇」のような記事は見た奴の妄想の可能性が高い。
同じ事項でも数値が食い違う。集計した人間と、年や場所によって数が変わる。数字のページでは、1945〜49年に発表されたものを「同時代値」、それ以降に確定したものを「後年再集計」として分けてある。
分類の分析には別の穴がある。プランゲ文庫を除いている上に、カストリ雑誌や粗悪なパンフレット、地下出版物の多くが抜け落ちている。また比較相手の「全期間」には高度経済成長期以降に激増した分野が含まれる。客観的な数値だが、客観性がないという好例だと思う。
数字ではないもの
前書き・後書きにつけたタグ(「復興の気分」「子供への期待」など35種類)は、私が読みながらつけたもので、分類の基準は事前に決めていないし、あとから統一もしていない。複数のタグがついたメモは、集計の際に分解し、両方に数えている。だからタグの件数を合計しても、メモの総数にはならない。
形態素解析で語を数えた表は機械が数えている。何を数えるかの語のリストは私が作ったので、そこは主観。
再現できるか
集計は、メモのファイルを読んで数え直すスクリプトで出している。同じファイルからは同じ数字が出る。ただしメモは私が更新し続けているので、別の日に数えれば別の数字になる。つまりこのサイトの数字は、すべてスナップショットということになる。