私の平和学習

2026-06-24

敗戦間際と敗戦直後で掌返しをしなかったガス業界の頑固老人

知識人は180度変わったと言われるが、変わらなかった頑固老人がいた。

戦時中と敗戦後で知識人の発言が180度変わったっていう話を聞いたことがあって、そういうものなのかと思っていた。

ところが実際に戦時中と敗戦後の知識人の書いたものを読み確認すると、確かに変わった人もいるのだが、全く変わっていない人もそこそこいる。変わらなかった人として、瓦斯の業界紙を編集していた白雲蝸廬を紹介する。ちなみに年齢は62歳、当時としては老人だ。

敗戦間際

敗戦直前の1945年7月、日本瓦斯技術協会は戦禍を免れていたが、印刷所や製本所は焼けて稼動していなかった。協会理事の家も全焼し、事務員の一人は戦禍で命を落した。理事は壕舎を建てて東京に踏み止まった。賛助会員の企業も軒並み罹災し、各地の瓦斯会社はなんとか運営を続けているといった状況だった。

『日本瓦斯技術協会誌』の編集長白雲蝸廬は「飽く迄、奮闘することが第一義」という信念の持ち主で、手持ちの紙がなくなるまでガリ版で雑誌を発行し続けた。7月号の編集後記で、白雲蝸廬は次のようなことを書いた。

*「忠誠なる一億国民を擁し万邦無比を誇る皇国日本の総力を挙げて航空機の増産に突進」しているのに「兵器が足ら」ないことに怒りを抑えることができない。今は「口舌の徒万人よりも特攻精神を以て実行に当るの士一人」が必要だ。*

*「爆弾より爆弾を縫って渡るのが我等の日常生活」で、生きるか死ぬかは分からない。所詮は運命なのだから「空爆を浴びる覚悟で奮闘する」しかない。「なる様になるのが人生の真相だ、捨て鉢に非ず、逃避に非ず、己の全力を尽して神の摂理に従ふのみ」という決意である。*

*日本には「何糞といふ言葉」がある。最近の日本人の間であきらめムードが漂っているが、「この重大事にこれで良いものか」「何糞」で頑張れ!*

何糞で全てを解決しようとしており、完璧に目茶苦茶だが、本人が空爆で死にそうになりながらも、ガリ版で雑誌を出し続けているのだから反論しにくい。

敗戦直後

戦争が終わり1945年9月号で白雲蝸廬はなにを書いたのか。混乱していたのか、あるいは後ろめたさがあったのか、文章にかなり揺らぎがあるので、少々整理した上で再構成した。

*戦争に負けた理由はなんだ? 国民総懺悔、軍部や軍国主義者の責任だと言われているが、「自ら顧みて悔ゆる」ところはないか?*

*「日本の敗戦は目先の事柄に捉われて遠き慮りを怠った結果」だ。戦時中は寡言実行(言葉少なく仕事をする)が尊ばれていたが、実際は「命令は絶対なり」とされ「無言強行」が蔓延していた。そして現実的ではない命令をされると、我々は無言無行だった。*

*戦時中に於ける瓦斯事業も同じだ。確かにその働きは「目覚しきものがあつたが、しかし、真に瓦斯事業の全力を遺憾なく発揮することはできなかった」。理由はひとつ「技術貧困」だ。「技術貧困の為め生くべきものも生きず、空しく手を束ねた事実」があったではないか。これは短期的な目標にとらわれて、長期的な視野を持てなかったことが原因ではないか?*

*瓦斯事業だけでなく、事業会社も、国体も、個人営業も皆同罪だ。我々が「民をして由らしむべし、知らしむべからず」というように、従わせればいいと考えていたのが間違いなのだ。物事の理屈を伝え、理屈に従って動かなければ、「真の力は発揮出来ない」。*

*このままでは「新日本建設の途」は遠い。「潔く過去を清算し、再び追誤(ついご・同じ誤り)を踏まざる覚悟」が必要だ。だから私は「再建日本」のため、近道を探すことは止めて、「技術の向上を叫」ぶのである。*

変わったこと変わらなかったもの

白雲蝸廬の性格は、ほぼ変わっていない。

戦中の「口舌の徒」への攻撃と、自分を含めて先を見通せなかったばかりに「空しく手を束ねた事実」への怒りは同じである。戦中の「何糞」と戦後の「発奮を望む」も同じ、戦争をしているか、していないかの違いでしかない。

戦中は明日死ぬかもしれないのにガリ版で「空爆を浴びる覚悟で奮闘」しろと絶叫し、戦後は責任を他へ押し付けるな! 覚悟を決めろと迫る。全く同じである。

他人に厳しい白雲蝸廬は、戦後になにをしたのか。

瓦斯雑誌を続けながら、1947年の衆議院選に瓦斯業界の人間が出馬していないことに危機感を覚え出馬して落選、体調を崩したこともあって1948年に雑誌社を日本瓦斯協会に譲った。そして、一生を「日本瓦斯事業発達史」の編纂に捧げることにした。残念ながら病に倒れ「日本瓦斯事業発達史」は完成しなかったが、白雲蝸廬の覚悟は本物だった。

白雲蝸廬、本名豊島愛明。白い雲、かたつむりの庵。日本瓦斯協会では、頑固なお爺さんとして有名だった。

出典日本瓦斯技術協会誌 15(6) 日本瓦斯技術協会 日本瓦斯技術協会 昭和二〇(一九四五)年 (https://dl.ndl.go.jp/pid/1551058/1/9)

日本瓦斯技術協会誌 15(4/5) 日本瓦斯技術協会 日本瓦斯技術協会 昭和二〇(一九四五)年 (https://dl.ndl.go.jp/pid/1551057/1/9)

日本瓦斯協会誌 = Journal of the Japan Gas Association 日本瓦斯協会 日本瓦斯協会 昭和二五(一九五〇)年 (https://dl.ndl.go.jp/pid/2338039/1/15)