また戦争の話かと思っちゃう人向けに作った
日本に生まれると平和学習を受ける。終戦記念日が近付いてくると戦争に関するコンテンツが提供される。それでまた戦争の話かよと思ってしまう。私もわりともういいよというタイプ、全体的に暗いし嫌だなって思う人もいると思う。
ただ一年に一回くらい平和について考える日があっても良くて、またかよと思う人向けの平和学習サイトを作ったというわけである。
この平和学習はどう設計されているのか
平和学習に限らず学習は、次のように設計されている。
- 到達させたい結論を決める
- そこから逆算して情報を選び、順序と配置を定める
- 順序によって感情の動きが作られて結論に至る
学習教材を作るのは初めての上に、私は他人からきっちり教育を受けた経験があまりないからヤマカンで書いてるんだけど、これが教育設計の標準的な手順だと思う。
ここでは、そのやり方は採らない。私が資料を読みまとめる際に、どのようなことを考えたのか、追体験できるようになっている。
- この個人がこんなことをしてるけど、この年ってこういうことが起きてたよな。
- やたらに科学が出てくるが、なんだこれ?
- この情報とこの情報があるということは、こういう感じに推測できるな。
私がそのように考えるに至るまでには、大量の資料を処理して並べたりゴチャゴチャ作業する必要があるんだけど、面倒なところをすっ飛ばして考えるところで遊べるようになっている。追体験をしたとして、私と同じ結論に到達することはない。持ってる背景知識や嗜好、あとは人生の過し方が異なるからだ。
理解度テストみたいなのもつけていない。私が理解度テストを作ったとして、あなたが史料から私よりすごいことを読み取る可能性がある。
この平和学習の目的は、敗戦について見たり考えたりする際に、そういやこの時代に団子食ってた奴いたなとか、なんか目茶苦茶怒ってる奴がいたなといったことを思うことができるようになることで、こういうノイズつきでものを考えるとより面白く考えられるようになると思う。
私は平和学習はどうあるべきかと考えているのか
私には倫理観があり科学的な思考ができる人であれば、紛争や戦争は避けるはずだという信念がある。だから平和教育は、リベラルアーツの習得に寄与すべきものだと考えている。
この考えのもとに設計すると、平和学習を受けることは、思考の精度を上げることで、理屈の上では平和学習をすると、試験の問題がより正確に解けるようなる。
特定の出来事について学ぶのは大切、現地に行くのも大事、しかし平和学習に費せる時間を考えると、リベラルアーツの習得につなげるのは難しい。悪い設計の学習だと特定の事象に対しては絶対悪だが、異る状況がやってくると判断がブレるということになる可能性すらあると思う。
それではこのサイトでなにが学べるのかというと、次の三点になる。
史料批判らしきもの
大量の並べられた資料を眺めると、これらがなにを前提にして書かれてるのか、なにが書かれてないのか、というようなことを分析している雰囲気が味わえる。ただし習得できるかどうかは謎。
資料が嘘か本当かを判断する部分は私がやってるので、そういう雰囲気は味わえない。
概念と抽象があやふやになる
個別の行動や発言と、大きな出来事を並べている。こうすることで、敗戦と聞くと、この時期に負けて超早口で言訳してる奴が出る状況かーみたいなことを考えられるようになる……はず。
変な教育
普通と違う感じで学べるように設計しているので、きちんとした教育や解説記事、ニュースなんかに触れた時に、こういう意図でこう並べてるのかねぇ、などと考えられるようになるかもしれない。
過去に色々な人間が生きていたと分かる
色々な人間が生きてたんだなくらいのことが思える。
我ながらリベラルアーツに寄与できているなと思うのだが、実際にはリベラルアーツを習得した人間も戦争や紛争を起しているし、平和学習で成績が上り有名大学に入学した者もいない。つまり私の考えていることは間違えているのだが、人間を信じたいという欲望があるため間違えたままにしている。
私の平和学習ができるまで
もともとこういうものを作る意図を持たずに、私は自主的に平和学習を開始した。なぜに平和学習を開始したのかというと、ちょっと面倒くさい流れがある。
誰にも話したこともないし、なんの成果も上っていないが、私は世界平和のために活動をしている。その一環として、富塚清の『私たちの実践科学』を復刻したいと考えていた。
『私たちの実践科学』は、子供も大人も科学的な思考方法を学ぶことができる本で、「ローソクの科学」と並ぶ名著である。つまりリベラルアーツの習得に寄与する平和学習のための教材を、無料で提供しようという意図があった。
ただしこの名著には弱点がある。敗戦して数年後に書かれているため、日本に対する恨みのようなものが混ざっているのである。富塚は異常に頭が良く理知的な人だが、戦争という大きな出来事からの影響を避けることはできなかったらしく、客観性に欠けた記述もみられる。
それを解説するために、なぜ富塚が恨み言を書き連ねたのかを、分析する必要がでた。できればより世界平和に貢献するために多言語化したいとも考えていた。こうなると文化的な翻訳作業も必要になってくる。なかなか難しい仕事だ。
これをするために、私が立てた計画は次の通りであった。
時代を問わず人間の行動を365日分集める
私はどちらかといえば富塚側の人間で、合理性のない行動を嫌う。富塚の罵倒にも共感するところが多い。これでは良い注釈をつけることはできない。
そこで知識の幅を広げるため、人間の行動を365日分集めることにした。人間が、それぞれの時代になにをしていたのかを把握する。行動は思想だから、様々な階層の色々な人間の思想を学ぶことができる。富塚と同じく私も時代的なドグマを持っている。それを除き、ニュートラルな感覚を身に付けるための作業である。
この結果、私はそこそこニュートラルになったと思われる。
この作業、面白いのは面白いのだが、特定日時だけ発見できないというようなことも多く、かなり苦痛な局面もあり、モチベーションを上げるため、まとめた情報はコンテンツ化してネットに公開し金にすることにした。
仕事を休んでこの作業に集中したかったのと、文化を金にするのは良いことだという意図があったが、あまり金にはならなかった。
敗戦1年以内に出版された書籍の前書きと後書きを全部読む。
次に戦後の雰囲気を知るために、敗戦1年以内に出版された書籍の前書きと後書きを全部読むことにした。
戦前から戦中、敗戦の大きな流れを学び、富塚の言動に解釈をつけるというのがセオリーなのだろうが、私はそういうやり方は好みではないのでしなかった。あと富塚が書いている罵倒は、個人の思い込みである。直感的に、大きな流れを学んだところで無駄なんじゃないかなと思った。作業を終えた今、この直感は当っていたんじゃないかなと思っている。
予断は持たず単純に読んだ。冊数は6000冊程度、前書き・後書きから抜き出したメモは900程度になった。正確な数字を出していないのは、今もたまに読んでいるからだ。こういった作業には、明確な終わりなどないのである。
この作業もなにかの形にまとめ、副産物を作成するつもりであったが、明確な計画はなかった。読むうちに思い付くだろうと考えていたのである。仮に思いつかなかったとしても、それはそれで受け入れるつもりであった。
もともと私は数年前から、敗戦直後に日本人が侵略戦争を反省したのか確認するために、前書きと後書きを全部読もうと考えていた。それが分かれば十分な上に、富塚の著作の復刻作業と合せてやれば効率的である。副産物はおまけのようなものだった。
長い作業が終わり、私は富塚の気持が多少は理解できた。前書きと後書きから私は多くのことを学んだ。
侵略戦争を反省していたのか、私がなにを学んだのかは、このサイトで平和学習をすれば理解できると勝手に思っている。
復刻は駄目だったがこれができた
これらの作業が終わり、無事注釈をつける能力が身に付いた。しかし能力が身に付いて気付いたのだが、富塚清の没年は1988年で著作権がまだ残っていた。これで復刻は諦めた。普通は最初に調べるのだろうが、敗戦の時点で45歳だったので油断をしていた。89歳の富塚も著作で怒り続けていて、ものすごいスタミナであった。
復刻するという意味では作業は無駄になったが、一連の作業は私自身への良い平和学習になった。だから私の平和学習を追体験できるようなサイトを作ることにして作った。リベラルアーツの習得に、寄与できるような作りになっているはずだが、実際のところどうだか分からない。
